あの 9.11 から10年。悪夢の 3.11 だった。それから1カ月、その日と同じ 14時46分に全員で黙祷を捧げた。もう二度とあんな災害はごめんだと、自分はそんなことも思いながら、犠牲になった方々の冥福を祈った。
その後の原発は大きな進展こそないが、極端な悪化のニュースもなく、ほんのわずかでも収束の方向へ進んでいるのだと思えば、少しは気が休まるのである。県内には今日から新学期を迎えた学校も少なくなく、1カ月というのはいろいろな意味で区切りになるのだなぁと思った。
自分の職場には、転入生の原籍校の職員が今日から張り付くことになった。でも今後どのような展開になるのかが見えなくて、正直なところどうすればいいのかお互い戸惑っているのが現実。
不安と戸惑いの中、その大半が片道70km、80kmも自家用車で通勤なのだという。いわきや南相馬では、依然としてガソリン不足なのだそうだ。1カ月、やっぱりまだまだ何も変わっていないのだ‥‥。
そんな 4.11 の今日、また余震と思われる大きな地震が発生し、その余震が5分10分間隔くらいでずっと続いている。約1カ月後に‥‥なんて言われていた余震は先週の木曜日のことだと思っていたんだけれど、ぴったり1カ月後とは‥‥。
あれば便利だなぁと思ってずいぶん前に設置したファイルサーバマシンが、今日はひっくり返ってた。1カ月前は大丈夫だったのに‥‥。_| ̄|〇
それがまた「豆腐の角」から行ったみたいで、上部がつぶれるように破損したり外れたり。前面パネルはパフパフ状態。だけど筐体そのものはカッチカチでひしゃげたりはしていない。さすがサーバマシン。いや普通のPM8100だけど。もっとすごいのは、これほどの衝撃の中しっかり動作してたこと。ちょっと笑った。小さな電源LEDが誇らしげだった。
でも一旦電源を落とし、そのまま元のように戻してパフパフは仕方ないので改めて電源を入れると‥‥ここが一番心配‥‥やっぱり何事もなかったように動いてくれた。PM8100すげー!
落ち着いたら、G4をサーバにしようと思ってたんだけど、このイタタタしい姿を見てしまうと、ちょっと早めなければならないかと考えちう。
それにしてもだ。9.11 → 3.11 → 4.11 とくると、どうしたって 5.11 を考えないわけにはいかない。考えてもどうしようもないし、じゃぁ何をどの程度想定して備えればいいのか、それも分からないのだ。人は無力だなぁとつくづく感じる。
猫がもう揺れを感じるとびびってしまっている。かなりのストレスを感じている。人間だってそれは同じで、特に今日夕方からのこの余震にはすっかり滅入ってしまっている。地震だけならまだしも、あの原発を常に引きずっていなければならないというのがどうにもこうにも‥‥なのだ。がんばっぺ、ふくしま!って心から思えないときもある‥‥。
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